「考えない人がなぜこんなに多いのか。」

最近そんなことを、よく考えます。
私がよくそのことを思うシーンは、やはり「仕事」です。仕事は本来「考え」の固まりですからね。

どんな人でも、プライベートの事柄や、自分の人生については常々よく考えていると思います。しかし、仕事になると「考えない人」の割合が多い。。

この場合の「考える」とは、
「今、自分は何をすべきか」
「どうやったらうまくできるのか」
「どう行動すべきか」
などなどを、考えるということです。

「仕事だから受け身で良い」とかいう考えがもしあるとしたのなら、その人は、自分自身の人生も、きっと受け身なんだろうな、と思います。

なぜなら、考えることは、分野に関わらず常に必要で、「考えること」と「考えた結果の結果」は善し悪しに関わらず、その人の人生を、より良いものにしてくれるからです。少なくとも私はそう信じています。

「仕事」は、普通に過ごしていたらあまり関わることのなかった分野の人もいて、考えや、価値観の違う人たちも多数います。

そんな人たちとの関わりの中で「考える」ことは、自分の人生のことを考えるよりも、より複雑で難しく、それが、自分を2倍にも3倍にも成長させる環境だと思うからです。

「なぜ考えないのか」

を色々と考えていると、様々な点が問題点として浮かび上がります。

まず、「考えなくてよい環境だった」こと。

日本の義務教育の特徴かもしれません。周りの人に合わせていれば、とりあえずOK。自分で考えて、自分なりの行動することは、逆に周りから白い目で見られることもあります。

次に、「考えさせなかった」こと。
考えさせることは、本来は親の責任なのかなぁと思います。

私は小さな頃はよくいたずらをしていて、謝りにいく際には、「なぜ謝るか」をよく考えさせられたものです。考えてから謝りにいくと、「ごめんなさい」ではなく「xxしてごめんなさい」となります。小さなことですが、「考える」ことの訓練だったのかと思います。

もうひとつには、「実体験の少なさ」
が挙げられるのかな,と思います。

ネットで調べれば、どんな疑問や悩みでも、解決方法や体験者談がいくらでも出てきます。何か悩みがあって調べてみると、「あなたはあなたのままで大丈夫です!」や、「そんな考えの人もたくさんいますよ」と、肯定的な情報がたくさん目に入ります。

「そっか!それでいいのか!」と自分を納得させ、その肯定的な世界に浸かってしまう可能性もあります。そうなると、悩みや課題に対して、「自分の考えで向かっていく」チャンスを失っている、私はそう感じています。

克服したい悩みや課題に対して向かっていき、何かや誰かとぶつかることで、その人の経験値が増えていきます。その経験が、「考えて」「行動すること」の重要性を、実感として残してくれると思うのです。

また、「自分の考えで向かっていく」中で感じる「恐怖」を乗り越えることも非常に重要です。新しいことにチャレンジする際には、必ず様々な「恐怖」が襲ってきます。
「失敗するのではないか」
「評価が下がるのではないか」
「みんなに嫌われるのではないか」

「やってみると案外そんなことはない」という実感も、ここで感じられるはずなんです。そういう「自分の考えで向かっていく」チャンスが、現代は減ってきているのだと思います。

現代は、ネットを開くと、自分の悪しき部分を安易に受け入れてくれる「楽な」世界が待っています。「楽な」世界に慣れすぎると、現実世界の、「”ちょっと”しんどいこと」が、簡単にできなくなってしまうのではないでしょうか。

そんな風に考えると、できるだけ若い時に「自分の考えで向かっていく」=「考え」「行動して」「成功(失敗)する」チャンスをできるだけ与えること。
非常に重要なことだと思いました。

「与えること」ってエラそうなのですが、これって、関わりの中でそのチャンスを与えられる人間ってある程度限られているな、と最近思うんです。機会を作り、考える時間、チャレンジできる環境を用意すること。

もしできることなら、「自分の考えで向かっていく」そんなチャンスを与えられる、そんな環境を提供できる場所、これからそんなものを作れたら良いなぁと、今はぼんやり思っています。

自分で考えて動けるようになれば、何が起こっても、人生ってバラ色なんですよね!他人のせいにしたりしませんから。

そんな私も、もっともっと新しいチャレンジをして、自分の経験値を上げなければ、と思う今日この頃です。