「個人」の見える化の時代

1999年、短大の頃の私はHP(ホームページ)というものを作成することが楽しかった。どうでもよいような知識や制作物(イラスト)をHPにして、ただただ公開していた。そして掲示板で知らない人(同じ夢を持つ人)と会話したり、身近では得られないような情報を、他のHPから得る楽しさを知った。

2005年頃かなぁ。ブログというものが非常に一般的になり「個人」というものが表現できるようになった。2007年頃には、日記を書くのが苦手な人でも、1回ぐらいはブログを立ち上げたことがあるぐらいの時代になっていた。その時に「これからは個人の時代だ」「個人が見えるようになり、個人の力で選ばれるようになる」と感じたものだ。

私もブログはかなりの数を書いていたが、当時も本格的にやっていたものは全部非公開。公開しているものは実名は出さず本命に近いニックネームで書いていた。2010年頃から様々なSNSが一般的に普及し、SNS経由で私のブログを発見し、声をかけてくれたり質問してくれる人もチラホラいた。「すごいなぁ」「こんなものでも伝わるもんなんだなぁ」と思ったものだ。

「価値観」の見える化の時代

2018年現在、「シェアリング」と「価値の見える化」がだいぶん進んだ年となった。

あの頃と同じようにこれからは「その人価値感」で選ばれるようになるだろう。あの当時は『ブログ』が手法だったが、今後「価値観」は様々な手法で見える化できるようになっていくだろう。この記事で書いたように「価値観」で繋がることは良いことだろうと想像している。

価値観をベースに繋がることで、役割をうまく分け、必要なものを必要な分だけ生産し生きていく。存在が承認されることでムダな消費をしなくてすむ。比較したり、競い合ったり、差別したりせず・・

しかし、価値観で繋がることと同時に重要なことは

特に重要なのは、他の価値観も認めながら生きていくこと。他の価値観を排除するのではなく、取り入れながら変化することを良しとすること。例えば価値観に変化があり、グループを出ていくことになっても、それは祝福すべきことであると理解できる思考がない限り、この集落思考はうまくいきません。

「価値観」の見える化時代に大事なこと

現在価値の見える化をしているツールの中には今のところ、上記の課題をクリアするような機能はなく、当分の間は「価値」を表現する側の人間に必要となる重要な認識であろうと思う。その行動としては、最初の「価値表現者」が同じ価値を感じて繋がってくれる他の人にも「みんなももっと価値を表現していいんだよ!」という呼びかけであったり、リーダーシップであったりするのかなぁと。

つまり最重要なのは『誰でも価値を表現できる環境』であり、その価値を『本当の意味で価値観で結びつけるテクノロジー』である。

きっとそれは1つのツールでは無理だろう。人は色々なシーンで色々な「自分(価値観)」を持っている。SNSでも使い分けているように、価値表現ツールもうまく使い分け、シーンによって常に自分らしくいられる環境(=価値観で繋がれる、他の価値観を認め合うこと)を期待したい。

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